お茶屋って何するとこだったの?金沢「ひがし茶屋街」の非日常世界って?

お茶屋って何するとこだったの?金沢「ひがし茶屋街」の非日常世界って?
江戸時代からの歴史が色濃く残る金沢の街。 金沢城の周りには城下町が栄え、戦災や震災に遭うこともなく、現在もその風情をそのままに残しています。 武家の町、寺の町、商人の町など様々な城下町を歩くのが楽しい金沢。今回は、そんな金沢の町の中でも人気の高い「ひがし茶屋街」の文化に焦点を当ててみましょう。

ひがし茶屋街を歩くと気づくある特徴って?

ひがし茶屋街
ひがし茶屋街を歩いていると、隙間の狭い木の出格子の建築が並んでいることに気づきます。これは、「木虫籠(きむすこ)」と呼ばれるひがし茶屋街ならではの特徴ある町家の建築で、内から外はよく見えるのに、外から内が見えにくい構造となっています。

見た目の美しさだけでなく、プライバシーを守るなど機能面でも優れている木虫籠。このように、外からはほとんど見えない茶屋の中では、一体どのようなことが行われていたのでしょうか。

お茶屋はお茶を飲むところじゃない!裕福な旦那衆と芸妓が集う大人の社交場だった

ひがし茶屋街
現在はお茶屋の中身を改装し、文字どおり、お茶が楽しめる「和カフェ」などにしているところも多いですが、江戸時代には芸妓が客をもてなす場として活用されていました。

武士は出入りが禁止されており、裕福な商人や町衆のみが夜な夜な集い、遊宴を楽しんでいたのです。しかも、清算は全て「後日払い」。お茶屋と限られた旦那衆と間の信頼関係で成り立つ、一見さんお断りの大人の社交場だったのです。

旦那衆は茶屋通いのために自ら稽古事をする

ひがし茶屋街
お茶屋で遊ぶには、客側の方にも芸を解する知識・教養・力量が求められました。そのため旦那衆は自ら稽古事をし、芸をたしなむ技量を身につけ、お茶屋の粋な空間へ足を運んでいました。もちろん、芸妓にも客の心を満たす幅広い知識と教養を求められ、自分磨きを勤しんでいたようです。 このように、茶屋遊びは、「粋」を至上とする芸妓と旦那衆によって築き上げられた非日常の世界だったのです。

当時の姿をそのままに残しているお茶屋は、全国で「志摩」だけ

志摩
茶屋の文化を肌で感じるには、国重要文化財「志摩」の見学がおすすめです。志摩は、ひがし茶屋街が誕生した1820年に建てられたお茶屋建築で、繊細な意匠が凝らされた坪庭や、お座敷太鼓や灯篭が飾られた座敷は当時の雰囲気たっぷりです。
志摩
今にも三味線の音が聞こえてきそうな空間で、艶やかな茶屋文化に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
志摩
▲志摩に併設された茶室では、抹茶と上生菓子が700 円でいただけます。
【住所】石川県金沢市東山一丁目13-21
【料金】大人:500円、小・中学生 :300円
【営業時間】9:00~18:00
【休業日】無休
【Webサイト】http://ww.ochaya-shima.com/
着物での街散歩や、和カフェ巡りや、和雑貨探しなど、他にもみどころいっぱいのひがし茶屋街。 200年の歴史が息づく艶やかな茶屋文化を、心ゆくまで堪能してみてくださいね。

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